親子で受けました!:体験談(患者さんの声 近視手術 レーシック)

国内初の近視手術専門医院・切らないレーシック
(旧 参宮橋アイクリニック)

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体験談

親子で受けました!

Filed under: トピックス,軽度近視 — 参宮橋アイクリニック

右眼 裸眼:0.08⇒1.0

左眼 裸眼:0.07⇒0.9


フラップレス・レーシック 術後1年

お名前 T・N さん 年齢 27才

データ 裸眼 近視度 乱視度
術前右眼 0.08 -2.5D
術後右眼 1.0 -0.25D
術前左眼 0.07 -2.5D -0.5D 180
術後左眼 0.9 -0.12D

■近視手術を受けようと思ったきっかけは?
母が手術を受けたので。

近視手術を受けた感想は?
最初は怖かったけれど、視力が昔のように戻り、手術を受けて本当に良かった。

手術を受けて良かったことは何ですか?
コンタクトを使わずに良く見えるようになった。
目を細めなくなった。
目が乾燥しなくなった。

当クリニックで近視手術を受けて良かったことは何ですか?
先生や病院の方が親切で安心して手術が受けられました。
術後も丁寧に検査してもらえる。

これから手術を受ける方にメッセージをお願いします。
初めは不安な気持ちが一杯でしたが、手術を受け、日に日に視力が回復するのが分かります。
メガネやコンタクトレンズを使わずに生活するのはあきらめていましたが、先生のおかげで元の生活に戻れました。
屈折矯正手術をまだ知らない方は、是非受けて視力を取り戻して欲しいです。

 

近視手術をする前とした後

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右眼 裸眼:0.1→1.5

左眼 裸眼:0.2→1.5

吉田 みのり さん 大学生

フラップレス・レーシック 術後1年

参宮橋アイクリニックで両眼を近視手術してから早8ケ月が過ぎました。以前は、視力が悪く生活をする上で不便さを感じることが多々ありました。けれども今では、それが嘘のように日々快適に過ごしています。

データ 裸眼 矯正視力 近視度 乱視度
術前右眼 0.1 1.5 -1.5D -0.25D 180度
術後右眼 1.5 1.5 -0.25D -0.50D 180度
 
術前左眼 0.2 1.2 -1.5D -0.5D 180度
術後左眼 1.5 1.5 -0.25D    

私が近視手術をしたのは、就職活動も終え、時間を持て余していた大学4年生の10月下旬です。
高校、大学と進む中、以前まで常に1.0以上あった視力が徐々に低下してきていることを健康診断時に気づかされました。

一時期はコンタクト装用も考えましたが、「コンタクトが合わなくて痛い」「コンタクトしていると眼が乾く」など私の周りでコンタクトをしている友人たちが口癖のようにいっていたのをよく耳にしていたため、自然とコンタクトには魅力を感じませんでした。そのため常に教授に近い、一番前の席に座らなければ黒板が見えないというところまでに視力が下がってしまいました。そんな時に近視手術の存在を知り、参宮橋アイクリニックに資料請求をして目を通してみました。正直本当に視力が回復するのかなどの不安が先立ち、懸念していましたが、初診検査に行って、病院の雰囲気、先生の話を聞いてから決めようと思い、足を運びました。初診検査では、先生に不安なことや手術方法など詳しく質問したところ丁寧に答えて下さり、奥山先生にお願いしたいと思い近視手術を決心しました。

手術をしてからすぐ私は、卒業旅行を控えていました。学生最後の旅行を楽しむためには、綺麗な景色を裸眼で見て楽しみたいと思ったこともあって卒業旅行前に手術をしました。

実際、旅行中は、何度も自分の眼に助けられました。遠くの景色が見渡せるほど視界が広がったので、この時初めて自分の視力が回復したということを実感した瞬間でした。また、旅行後の学生生活ではもっと変化が起こりました。今まで、遠くから友人が手をふっても友人の顔が識別できなかったり、通り過ぎたりすることが多々ありました。けれども手術前ではぼやけていた位置からも友人を自分から探しだすことができるようになり、また黒板が一番後ろの席からも見えるようになりました。

今も仕事をする中で、無意識ですが視力が回復したことで多くの面で助けられています。
みなさんもきっと手術をして後悔しないと思いますのでお勧めします。

とにかく生活が楽になった

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右眼 裸眼:0.06→1.2

左眼 裸眼:0.07→1.0

西畑 毅さん(看護学生・28歳)

フラップレス・レーシック 術後1年

データ 裸眼 矯正視力 近視度 乱視度
術前右眼 0.06 1.5 -3.0D
術後右眼 1.2 1.5 -0.5D
術前左眼 0.07 1.2 -2.75D -0.5D 91度
術後左眼 1.2 1.5 -0.25D -0.75D 90度

皆さん初めまして。僕は現在、看護学校の2年生です。1年生の冬休みにレーシック・フラップレスの手術をしました。
まず心配したのが、合併症でした。他の術式と違って安全なのか?そして失明することはないのか?などです。レーシック・フラップレスはメスを使わない手術で、PRK やLASIKとも違うことを細かく聞き、納得した上で手術を受けました。
一人暮らしの僕には大変だと先生に言われましたが、両目を同時に手術しました。
手術当日、手術台に乗り局所麻酔の点眼をすると、目を閉じないようにするものでまぶたを固定しました。寝ている上から機械が近づいてきて、先生が「あの赤く光っている点を見てて」と説明してくれました。「あぁ、とうとう始まる~」と、言われるまま赤い点を見ていると「はい終わり」。「え!?」
前もって手術の説明を受けていたのにドキドキして頭が真っ白になっていたようで、30秒もあっという間に感じてしまいました。「はい、次反対の眼」。今度は様子をちゃんと見ていると確かに手術は30秒くらいで終了していました。
手術後目が見えなくなると聞いていましたが、そうではなくて、涙が溜まった時みたいにぼやけた感じになります。手術した目は清潔なガーゼで覆ってしまうので結局何も見えなくなりましたが。
手術は日帰りなので終わったらすぐ家に帰れます。家に帰ってから、やっぱり片目ずつ手術しておけばよかったと反省したのが、部屋の様子がぼやけていて見えないことです。どうしようかと困りましたが、「手術前もメガネをかけないとぼやけていたし」と前向きに考えて過ごすことにしました。
あと手術後困ったことは痛みです。痛み止めの点眼薬をもらっていたので痛くなったら使えばいいのですが、少ししかなかったためできるだけ我慢して使わなければならなかったのです。
痛みの度合いは個人差があるのですが、僕はすごく痛い方だったみたいでした。

次の日の朝、痛みで目が覚めました。けれど、点眼薬をさしたらすぐ治まり、テレビを見ようとスイッチを入れたら磨 すりガラス越しに見ているみたいに感じます。誰が出ているのか声でしか分かりませんでした。さらにケイタイなんて、画面どころか数字もよく読めませんでした。
一番驚いたのが、まぶしさです。手術が終わって帰宅したときは夜だったので気がつかなかったのですが、太陽の明かりがすごくまぶしいのです。カメラのフラッシュ並みに感じます。サングラスをしてもまぶしくてほとんど目を閉じたままで過ごしました。
パソコンの液晶画面もまぶしくて大変でした。

1日何とか過ごし、夜風呂にはいるときが大変で、目に水を入れないようにしなければならず、風呂に入るのに水中めがねをして入ります。目の痛みはまだ若干あり、違和感もある程度続いています。冬休みに入り授業もバイトも休みだったので家でごろごろしていましたが、毎日の変化にすごく驚きました。みんなだいたい4日くらいで仕事ができるようになりますと聞いていたのですが、僕は回復が遅く6日くらいかかりました。

痛み止めの点眼薬も手術後1日目は30分に1回だったのに、2日目は1時間に1回、3日目は2~3時間に1回と徐々に痛みも取れ、見え方もすごく変化して、手術後2日目の朝にはパソコンの文字サイズを72ポイントでもぎりぎり見えていたのが、その日の夕方には48ポイントでも何とか見えるようになり、3日目にはテレビの角にでる時計の文字も読めるようになりました。
朝から夕方にかけて回復している事に驚きました。

5日目の朝、寝起きで時計が見えたときは感動です。しかし、まだ少し磨りガラス越しで見ているような感じがありました。しばらく遠視の状態になると先生から説明があったので安心して変化を楽しみました。毎日遠視が回復していきますが、近くのものが見えないので先生に遠視のメガネを買った方がいいか相談したら、100円均一に行って老眼鏡を買ってくるよう言われました。手術後一気に回復した見え方も、変化がゆっくりになり、次の発見がありました。夜街灯を見ると、雨の日の車から見た街灯みたいに明かりだけぼやけて見えるのです。グレアと呼ばれるものらしいのですが、最初すごく気になりイライラしました。このグレアもしばらくするとなくなり普通の明かりの見え方になります。

今回手術を受けて、とにかく生活が楽になったと言うことです。手術後はぼやけて生活しづらかったですが、それもつかの間でした。一人暮らしなので片目ずつ手術をすればもっと術後も楽だったので、みなさんには片目ずつ手術することをオススメします。それまで使っていたメガネと使い捨てコンタクトが余ってしまったのがうれしい悲鳴です。これから使うメガネや、コンタクトの値段と手術の値段を考えると、みんなに是非推薦します。

参宮橋アイクリニックの先生をはじめ職員の皆様、ありがとうございました。

電柱に書いてある文字が見える!

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右眼 裸眼:0.1→1.2

左眼 裸眼:0.1→1.0

K・N さん (保育士・33歳)
PRK 術後1年

データ 裸眼 矯正視力 近視度 乱視度
術前右眼 0.1 1.2 -2.25D -0.5D 120度
術後右眼 1.2 1.5 -0.5D
術前左眼 0.1 1.2 -2.5D
術後左眼 1.0 1.2 -0.5D

2002年2月と3月に、主人の友人の紹介でPRK手術を受けました。
その方はRK手術というメスで角膜に切開を入れる手術をされたそうで、「それはいやだなあ」と思っていましたが、現在は目に指一本触れずに30秒くらいで手術が終わると聞いて、長年していたコンタクトレンズに非常に不便を感じていたし、保育士という仕事柄眼鏡をかけていると仕事ができないため手術をすることを決意しました。

検査中は「手術ができるかなあ」という思いと、眼に触れる検査が何種類かあったので非常に緊張してしまいました。又、「普段あまり目のことを考えていなかったんだなあ」と反省しました。

手術は軽度近視ということもあり、30秒かかるかかからないかのあっという間に終わってしまいました。帰る時は興奮と緊張とで、迎えにきた主人の車の中で震えていたそうです。家について睡眠導入剤を飲んでも寝つかれず、痛み止めの点眼薬を子守と家事をしている主人にさしてもらいながらずっと横になっていました。翌日もゴロゴロした感じで目を開けることができず不安でしたが、検診で異常無くきれいだと言われ、安心してその日はぐっすりと眠ることができました。

週明けまだボーッとしか見えない片目と、コンタクトレンズを入れた片目とで仕事を始めました。レンズが入っている眠が非常によく見えるので、手術した眼に不安は感じていましたが、仕事をしていないとなんとなく感じる異物感も仕事中は忘れられました。

手術した眠がスッキリと見え始めたのは手術して5日日でした。新聞の文字などはかなり目を凝らさないと見にくいのですが、遠くの看板の文字や景色などがくっきりと輪郭もはっきり分かるようになりました。主人は目が良く、視力は1.5と1.5なのですが、「あの電柱に書いてある文字見える?」と聞かれたときに、すらすらと言うと非常に驚いていました。

もう片方の目は手術した目が近くも見やすくなってからしました。今回は前回の経験を生かして落ち着いて準備万端で手術に望めました。両目でレンズ無しにハッキリと物が見える世界をもうすぐに体験できると思うと、仕事や家族に対する考え方も変わるような気がします。

 

メガネは弱点だった

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右眼 裸眼:0.2→1.0

左眼 裸眼:0.2→0.9

島田 眸 さん (ジャーナリスト カメラマン・57歳)

<PRK 術後2年>

データ 裸眼 矯正視力 近視度 乱視度
術前右眼 0.2 1.0 -2.25D
術後右眼 1.0 1.2 -0.5D
術前左眼 0.2 1.2 -1.75D
術後左眼 0.9 1.2 -0.5D

私のPRK体験

フリーランスのジャーナリストは、カメラマン役もこなさなければならないし、さらにこれからは、TVカメラもプロ並に回せなければ、一生続けられる面白い仕事にはありつけそうにない。冷酷な市場原理が支配する競争の世界だから、弱点があったら負けだ。メガネは弱点だった。いざ出撃というときにメガネが見当たらず、頭に、かっと血がのぼって、茫然自失、メガネ探しに狼狽するなどといった惨めなことも何度かあった。潮風を浴びる船上取材(私は小型船舶一級船長なのだ)や雨の日には、メガネの汚れは惨めなまでに行動を制約する。

意を決して、カメラのピントを合わせる右眼のPRK手術をお願いしたのが平成6年4月。しかしどこか中途半端な感じがして、9月に左眼も手術していただいた。月が、それまでのモヤモヤから、少年の頃のようにま-るく見えたのは感動であった。満月の夜などじっと月を凝視していると、月の世界に吸い込まれてゆくかのような気になる。

☆そして阪神大震災
平成7年の1月、阪神大震災の惨状に、私は、いてもたってもいられなくなった。きれいごとの報道記者としてではなく(取材依頼がなかったということもあったけれど)、一市民として、阪神にポンコツのわが愛車を走らせた。 阪神の被災地では、年寄りと、ペットがいるために避難所にも入れず、また愛するペットをどうしょうかと途方に暮れる人たちの悲惨さがとくに目についた。

ペットたちは、もっと悲惨だった。猫について、私は猫の本も出版するほどよく知っていた。 非常時、ペットの存在は、非常な重圧になる。といって、どこかに捨てたり、処分(役所で殺すこと)をしたりしたら、物理的な生活再建は成功したとしても、一生後悔の念に苦しむことになるのだ。私は猫を一時預かりしたり、新しい飼い主を探して、被災者が生活再建に全力を尽くせるよう支援する活動を開始した。

真冬の六甲山から吹き下ろす風はひどく寒く、節約のためにエンジンを切ったクルマの中では、夜も満足には眠れず、顔を洗う水もない。 ペットがいるために、夏用のテントを張って、公園に避難している家族がいた。中学生の少女のほっペがリンゴのように赤くなっていた。愛するペットと別れなければならない被災者をみるたびに、私は毎日、何度泣いただろうか。

東京に戻ってきても、すっかり涙もろくなってしまっていた。 阪神では、仕事をやりとげたという満足感が全然ない。 被災者と苦しみを分かち合うのがボランティア活動の本領とは言うけれど、引き取ってきた病気猫のウイルスのために、わが家の愛猫が、死んでしまった。また、被災地から運ばれてきた猫ダ二は一時、わが家を恐怖に突き落とした。

大震災は、明日はわが身。メガネは、救難活動や再建の苦労の足伽になる。メガネは、ないほうがいい。

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