敬愛する 日本の皆様へ
(追悼の辞:モスクワ顕微手術眼科研究所副所長L.S.リンニク教授)


 2000年6月2日に、モスクワ顕微手術眼科研究所の長、社会功労賞授賞者、ロシア医学アカデミー会員、ス ビャトスラフ・ニコラエビッチ・フィヨドロフ教授が逝去しました。

 ロシアとしては信念に基いて医学の分野において積極的に新しい技術を開発してきた偉大なる子供を失ったと言えましょう。ロシアのみならず世界的規模で数十年にわたり眼科学をリードしてきた偉大な医学者を失ったのです。

 彼の医学をはじめとする社会的な貢献は数え切れません。スビャトスラフ・フィヨドロフ氏の数十年にわたる仕事の足跡は医学進歩そのものでありました。

 膨大な実験研究のあげく完成させた、旧ソ連邦で始めてのフィヨドロフ博士の眼内レンズは、その後の眼科学の流れを変えました。人々を眼鏡から解放するという課題に基き、フィヨドロフ博士は近視、遠視、乱視の新しい手術方法を開発し、眼科学に屈折矯正学を確立させました。

 フィヨドロフ博士によって開発され、世界的規模で広まりを見せた屈折矯正手術は、スポーツ分野や、職業上の適用で、1200万人の人々に受け入れられ、多くの人々を幸福にしました。
 彼のベースとなる業績は、眼内レンズ、屈折矯正学、人工角膜、緑内障、視神経萎縮、梢子体手術、そして眼科レーザー手術の各分野に及んでいます。

 彼の数々の業績に支えられ、ロシアの眼科学は、ロシアが社会経済的に困窮しているにもかかわらず、世界の眼科学界において影響力を保持しています。「良い視力を万人に」というスローガンをかかげ、フィヨドロフ博士とその弟子達は、100万人規模の患者さん達の視力回復に努めました。

 1994年、カナダの国際眼科学会でフィヨドロフ博士は専門家として、「20世紀における最優秀眼科手術医」というこの上もない賞を授賞し、栄誉を称えられました。
  フィヨドロフ博士は、ロシア連邦のドゥーマで下院の議員として活躍し、エリツィン大統領にロシア連邦首相就任を依頼されたこともありました。

  フィヨドロフ博士はロシアと日本の学術交流にも務め、日本の眼科医師をフィヨドロフ研究所に勉学、研修のため受け入れました。数人の日本の先生方には、当研究所の海外臨床研究専門誌「眼科手術」の海外編 集顧問を引き受けていただいています。

 国民の疾病予防分野でのフィヨドロフ博士の貢献に対して、10月革命勲章、赤い星功労賞、社会勤労者のヒーローとしてレーニン勲章を授賞しています。

 眼科手術専門分野での貢献に対し、ロシア科学アカデミーによるロマノソフ金メダル大賞と、アベルバッハ医学アカデミー記念賞を授賞しています。

 フィヨドロフ博士は、ロシア連邦国家功労賞を医学部門で授賞し、同様な賞を米国でバレオロガ賞、イタリアでべリクラ賞を受けています。

 フィヨドロフ博士は気前が良く、開け広げな性格で、生きているという実感を大切にし、1秒足りともおろそかに時を費やすことがありませんでした。彼の死によって生じた空白は埋めようもありません。フィヨドロフ博士の才能はたゆまない努力をする力であったと思われ、それが一介の田舎の医師を世界的に有名な学者にしたのです。

 スビャトスラフ・ニコラエビッチ・フィヨドロフ博士の冥福と、彼の思い出が我々各人に残りますようにお祈り申し上げます。

2000年8月8日

 フィヨドロフ研究所  2代目所長
レオニード・フェドセビッチ・リンニク教授


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