近視矯正手術の歴史ー日本で生まれた近視矯正手術RKPRKレーシック(LASIK)レーシック・フラップレスへと発展しました。
レーシック・レーシックフラップレス 近視手術 【参宮橋アイクリニック】
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近視矯正手術
近視矯正手術の歴史

1870年前後
ヨーロッパで白内障手術後の乱視に対して、角膜内皮側から切開を加えて矯正したのが視力矯正手術の始まりとなる。
1950年
>順天堂大学眼科教授、佐藤医師によって、世界で初めて前後面放射状角膜切開術が行われた。これがRK手術の始まりとなる。
1973年
ロシア(旧ソ連)のフィヨドロフ医師において角膜上皮側のみから切開するRK手術が発展し、全世界で3百万人もの人に手術が行われるようになった。
1981年
桐生 臨床眼科研究所 眼科専門医 百瀬 皓 博士、フィヨドロフ式RK施術開始
1983年
参宮橋アイクリニック開院。眼科専門医による屈折矯正手術単科のパイオニア医療機関として自由診療開始。
1985年
エキシマレーザーの開発がロシア、米国、ドイツなどでされ、PRKが始まる。
1993年
フィヨドロフ研究所で開発されたPRKレーザー機器「プロファイル300」がロシア保健省の製造販売認可を受ける。以降フィヨドロフ式ブロードビーム一括照射によるプロファイルシリーズによる開発が進行。
1995年
アメリカの食品医薬品審査局(FDA)によってレーシック(LASIK)手術が認可される。
FDAは世界でもっとも厳しい審査基準を持ち、日本でいう厚生省にあたる。
1998年
厚生省(現厚生労働省)により治療用としてエキシマレーザーによる手術が認可される。
2000年
近視矯正手術として、エキシマレーザーによる手術機械が認可される。
2004年
レーシックが盛んになる。特に大手美容外科資本を中心に手術費用のダンピング競争が始まる。
2005年
「プロファイル500」を使用したスーパーPRKに、ヘイズ対策を施し「レーシック・フラップレス」と命名。
2009年
銀座レーシック事件による大量感染例がマスコミにより大々的に報道される。


(日本で生まれた近視矯正手術)

世界で最初に角膜切開による近視矯正術を開始したのは、順天堂大学眼科の佐藤勉教授です。
1950年、円錐角膜の治療から得た知識と技術に基づき、角膜前面と後面を切開することにより、効果的な近視矯正術を開発しました。
しかし、角膜後面を切開する手術は、後に水疱性角膜症といわれる後遺症を併発し角膜移植に至る事により行われなくなりました。

(旧ソ連邦で開発されたRK)
佐藤式RK近視矯正術から約10年を経た1969年、ソ連モスクワの顕微手術眼科研究所の所長、フィヨドロフ博士のもとに眼鏡を割って角膜を傷付けた少年が入院しました。。
ガラス破片を取り除き3日目に包帯を取ると、それまで0.1しかなかった視力が、視力表の一番下までくっきり見えるほど回復していました。
これを基に博士は歴史に埋もれていた佐藤式を回想。検証のため1969年動物実験をスタートさせ、失敗原因を究明したのです。
そして1973年、角膜前面のみから近視度に応じて、切開の長さ、深さ、本数を調節する事により、安全かつ有効な近視矯正を可能にしました。
この前面切開法はRK・放射状角膜切開術と名付けられました。
歴史的な近視手術の成功は、世界の眼科医に衝撃を与え全世界で300万人の人々が近視から解放されました。

(米国で広まったRK)
RK開発のわずか2年後、アメリカのレオ・ボアース博士は、フィヨドロフ博士のもとで手術方法を学び、1978年デトロイトでアメリカ初のRKを行いました。
RKの米国での普及のため「全米RK研究グループ」を作りました。
ボアース医師以外にも100名余りの米国の眼科医がフィヨドロフ博士の門を叩きました。
今日、米国で年間100万例のレーシック(LASIK)をはじめとする屈折矯正手術が行われている現実は、RKによって培われたのです。

(レーザーPRK治療へ発展)
RKは、現在も臨床上に選択される術式ではありますが、ダイヤモンドメスにより医師の手で切開を行うRKは、医師の腕により結果が左右されることもあり、より安心で効果の高い手術方法が求められていました。
そこで登場したのが、エキシマレーザーを使ったPRKです。
ダイヤモンドメスに替わってレーザーを使い角膜の切除を行うことにより、安全性、正確性において優れ、飛躍的に普及しました。
21世妃に入り、厚労省がPRK機器を認可し、眼科屈折矯正分野は急速に発展しました。

(痛みの少ないレーシック)
RK、PRKは共に手術後の痛みがあること、術後の視力が安定するまでに時間を要することが問題視されてきました。
このことから最近では、角膜表面を薄く剥いでフラップと呼ばれるドア状のフタを作り、その後エキシマレーザーを照射し、フラップを元に戻すレーシック(LASIK)という方法が行われるようになりました。
レーシック(LASIK)は術後の痛みが少なく、視力が短時間で回復することにより普及しました。
反面、術後のドライアイなど34種類にも及ぶ後遺症が深刻な問題となっています。

(安全性の高いレーシック・フラップレス)
これらの問題を解決するため、フィヨードロフ博士はドイツのメーカーと最新のレーザー装置、LP社製「プロファイル300」をはじめとするプロファイルシリーズを開発しました。
それらを使用するレーシック・フラップレスは、角膜は直接触れずにメスやカンナを使わず、レーザーを当てるのみの手術です。モニターで角膜の様子を見ながら手術を行うため、医師の技術に関係なく、93%以上(1999年1月29日第22回日本眼科手術学会総会 東京 フィヨドロフ式PRKの5年経過放射状角膜切開術後15年の経過 にて発表) の確率で希望する矯正度を得ることが可能になりました。


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