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「井戸を掘った人、水を飲む人」
LASIK、レーシックフラップレスと近視手術が盛んになってきたが、1980年代にRK手術をはじめとする近視手術、白内障手術が、ロシアのフィヨドロフ博士によって開発されたことを知る人は少ない。
2006年7月6日、朝日新聞の田辺功記者は地道な取材で井戸を掘った人として百瀬皓先生にスポットライトを当てた。
一方、水を飲んでいる人の代表として東京・三井記念病院の赤星隆幸先生を取材している。スーパードクターとして高名で、レーシックフラップレス近視手術法とリンクされる事がよくあるようである。
赤星先生は白内障術が正確かつ早いので、本家フィヨドロフ研究所のB・マリューギン博士に招かれ、デモ手術を行った。
2006年6月23日に、私自身がフィヨドロフ研究所モスクワ本院20周年記念祝典に御招待をあずかった折にも話題にのぼったばかりである。 |
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| ニッポン人・脈・記 ブラックジャックたち |
| 目の光取り戻す超早業 |
東京・三井記念病院の眼科部長、赤星隆幸(49)の手術は3、4分しかかからない。「スピードを競っているのではない」。麻酔が軽くて済み、感染症や合併症も減るという患者本位の考えがあってのことだ。
レンズの中心部にある硬い核を特殊な器具であらかじめ分割してから超音波を使うアイデアで、一挙に時間が短くなった。切れのいいダイヤモンドメスで傷口を極力小さくするから治りも早い。
てがける白内障手術は年5千人とずば抜けて多い。
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中略
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群馬県桐生市の眼科医、百瀬皓(ももせあきら 77)にいたっては、10年にわたって学会から非難され続けた。百瀬が81年に日本で初めて行った近視手術を、日本眼科学会は「危険だ」と切り捨てた。百瀬は、非難にへこたれず、その後も積極的に手がけた。
近視手術は、旧ソ連のスビャトスラフ・フョードロフが70年代、角膜にメスで放射状に切れ目を入れる方法を発表して始まった。日本の学界が条件つきで近視手術を認めたのは93年のことだ。
百瀬は「医科の名門」に育った。母方は江戸の元禄時代から代々の医師で、オランダ商館の医官シーボルトの高弟や徳川将軍家の侍医、日本海軍の軍医トップと多彩だ。父方も医師が多い。
大阪大に入学すると、手塚治虫が同級生にいた。百瀬は手塚が描いた絵がついたプラカードを持って、連合国軍総司令部(GHQ)の大学政策への反対デモをしたこともある。「手塚は講義中も漫画を書いていた。『ブラック・ジャック』のモデル? 同級生には思い当たらないな」
百瀬はスリランカからたくさんの眼球を提供してもらい、角膜移植にも取り組んだ。見返りに同国への医療技術支援に尽くした。アジア各国から受け入れた研修生は累計で700人にのぼる。 |
2006年7月6日 朝日新聞 夕刊 ニッポン人脈記 (田辺 功) |